HUNDERTWASSERとは?
経歴/BIOGRAPH
本名 ・Friedrich Stowasser (フリードリヒ・シュトヴァッサー) 改名 ・Hundertwasser (フンデルトヴァッサー)※日本ではフンデルトワッサ−とも呼ばれる ・Regentag (レーゲンターク=雨の日) ・Dunkelbunt (暗黒の多彩) 日本名 ・豊和百水 (frieden=豊かな+reich=平和な+hundert=百+wasser=水) フンデルトヴァッサーは、新しい出会い、出来事がある度に自分に新たな名前をつけた。一般的にはHundertwasserで知られている |
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国籍 | オーストリア・ウィーン(芸術家として活躍し始めて後、ニュージーランドへ移住 父:アーリア系オーストリア人 母:ユダヤ系チェコ人 |
時代 | 1928年12月5日 〜 2000年2月19日 ナチス占領下のウィーンでユダヤ人として迫害を受ける幼・少年時代を過ごす クリムトやシーレなどウィーン世紀末分離派や、ウィーン幻想派に関係が深い |
思想 | 自然との共存を訴え、渦巻や草屋根、オニオンタワーなどを多用した独創的な色彩・フォルムの絵画、建築を手がける 直線を嫌い、「直線に神は宿らない」と主張して近代合理主義建築の不毛さ、非人間的さを厳しく批判 |
人柄 | シャイ。シャイで内気だが、信念の人 日本文化にも多大な感心を持つ。とりわけ、北斎・広重の浮世絵に感銘をうける |